映画や日々みているもの
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Rika Noguchi
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Kasane Nogawa
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2012.3.11
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起こりそうで、ずっと起こらないと思っていた事が起こってしまった。
それからの1年、本当に色々な事を考えたせいか物凄い早さで去った。


自分のいた場所ですら感じた揺れ。
その後のTVの中の津波。
福島第一原子力発電所の事故。
あらゆる目くらましや事実。
考え方の違い。



自分の人生で関わって来ると思ってこなかった全てが本当にこわくて。
何もできなかった。


それなのに、迷いながらも立ち上がり行動をした人もたくさんいる。



生きてくうえで忘れてはならない。


生活をしながら、考えて、行動しなければならない。






あの事が起こってから観たのは『春にして、君を想う』。


主人公の言葉
「どの道を行き来するかは、どの人生を選ぶかで決まる」
今でも頭から離れない。

主人公の老人ゲイリは最期に、ただ無にさらわれて自然へかえっていく。



その瞬間まで考え続けよう。
そして決して忘れてはならない。



少しでも平和な未来になりますよう。
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PalermoShooting
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パレルモ・シューティング
2011年
監督:ヴィム・ヴェンダース



ドイツのデュッセルドルフで活躍するカメラマンのフィンは仕事や私生活に疲労し、母の死をきっかけに自分の生と死について考えはじめ、いつしか死神が射る“矢”に狙われる様になる。
ある日フィンは撮影のために訪れたパレルモで、壁画〈死の勝利〉を修復しているフラヴィアと知り合う。


物語としては陳腐とゆうか…はっきり言ってつまらなかった。
けれどヴェンダースの作品らしく、美しい街並みの映像に魅了されてしまう。


フィンはカメラマンだが、そのままの写真を公開せず、デジタル処理したアート写真を制作している。
その作風は現実像が曖昧になるという問題を抱え、自分の作品と向き合うたびに自らのアイデンティティも曖昧になる感覚に捉えられていた。
その事がきっかけで自分の中に死神を宿すようになる。


本編では死神がこんな事を言う。
「デジタルは実在を保証せず、好き勝手に手を加えられるので本質を失わせる」
死神がそんな事言うなんてちょっと可笑しいが、それはヴェンダースがフィンに自分の代わりに“映像の死”と向き合わせているのではと感じられる。
事実、この作品自体をヴェンダースはフィンと同じ方法で制作しているらしい。
35フィルムや16フィルムで撮影したあと、全てのシーンをデジタル変換して色調補正し、映像加工して完成させたのだ。


一昔前まではフィルム撮影が当たり前であり、真実を写していたように思う。
今では写真を撮られ、魂を抜かれる感覚はデジタルではあまり感じなくなってしまった。

フィンの様に疑問に感じていたのはヴェンダース自身だったのだろう。
表現することで生きるアーティストは何をすべきなのか?本質とは?…という問いかけがこの作品に含まれていると感じた。


デジタルとアナログ。
死に神と新しい生命。
フィンが見るものと見えるものを信じ創作しているのに対し、フラヴィアは神や愛、生命と見えないものを信じ壁画を再生していて
あらゆることが対置されている事に気付く。


また、死神は「死を愛することは生を愛すること。全てはここから始まり、ここにしか出口は無いのだ。」と言っている。
生を敬らないと死をも敬れないのだ。

そして死神その死神、死そのもののホッパーはこの作品で重要である。
顔を白く塗りデジタルについて語るなんとも不思議な、というか死神にしてはお茶目な感じがしてなぜか愛おしいのだが、彼はヴェンダースと30年来の友人でもあり、この作品が遺作となってしまう。
なんてなんとも皮肉な運命。

死は恐怖の対象のはずなのに、生とともに存在する事を教えてくれるホッパーのような死神ならそばにいてほしいけどなぁ、なんて。


どこかで聞いたことあるような話が至る所に散りばめられたストーリーではあるけれど、出演者の話題性、存在感、そしてヴェンダースの映像の捉え方がやはり良かった。


ルー・リードがヴェルヴェットアンダーグラウンドのサム・カインダ・ラヴ(これまた歌詞の一節が作品に絡まれてる)と登場したり、妊娠中のミラ・ジョボヴィッチが本人役だったり、フィンがパレルモで出会う美女フラヴィアだったりと豪華なキャストで揃っている。

フィン役のカンピーノはバンドのフロントマンだそう。不思議な表情をする人だった。

そしてミュージシャンの彼がカメラマン役になる為に見学しに行ったアーティストがあのアンドレアス・グルスキーだと言うから余計気になってしまう。
それから劇中出てくる女性カメラマンは地元で活躍する、レティッツィ・アバッターリアである。
彼女は現実に危険を顧みず、マフィアによって殺された人々の写真をパレルモで撮り続けているらしい。



とにかくたくさんの要素が包含され、パレルモの美しい街並みへと繋がっていく。






考えることと、表現することの間に、人生が存在する。


まさしくあの歌詞の一節そのものを考えさせられる作品だ。
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TETRO
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テトロ 過去を殺した男
2009年
監督:フランシス・フォード・コッポラ
 
 
生まれ育ったNYを捨ててアルゼンチンで暮らす異母兄を探しに、ベニーはブエノスアイレスに降り立つ。
しかし名前を『テトロ』と変えた兄はそっけない態度をとるだけだった。
そんなある日、ベニーは兄が密かに執筆していた自伝を盗み見てしまい、ベニー自身の出生に関わる家族の秘密が明らかになっていく。
 
 
話は途中から読めてしまうが丁寧につくられている。
とにかく光と影の表現の仕方、絵画の様な映像やカメラワークがかっこいい。
 
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光によってあらゆる表現をしているが、残酷さも感じられ時に狂気さえ感じられる。研ぎ澄まされたモノクロによって引き立っている。
舞台シーンも音楽も芸術性高い。
 
 
徐々に解ってくる事実。
解った瞬間、弟ベニーとテトロの構図が逆転するような。
 
閉ざしていた事実を告白し、傷付けながらもやっとベニーを抱きしめられたテトロの姿はまるで別人、とても切なかった。
 
ギャロのキレのある存在感と、不器用ながら愛情を感じる演技は良かったが、ベニー役のアルデン・エーレンライクの今後が気になるところ。『somewhere』に出てたって一体どこで??
ミランダ役のマリベル・ベルドゥーは、『天国の口、終わりの楽園』以来だったけれど良かったな。
 
 
とにかくワンカットが全て絵になって。
コッポラの芸術に対する創造の深さに酔いしれるにはいいかもしれない。
 


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Extremely loud and incrediby close
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2011年
ものすごくうるさくて、ありえないほど近い
監督:スティーブン・ダルドリー


9.11同時多発テロで父を亡くした少年オスカー。父の突然の死を受け入れられないオスカーは、ある日父親の部屋のクローゼットで封筒の中の“鍵”を見つける。
その鍵は父が残したメッセージかもしれない。
オスカーはその鍵の謎を探しに、ニューヨークの街へ飛び出す。



世界的ベストセラーとなっている9.11文学の金字塔、ジョナサン・サフラン・フォアの小説をスティーブン・ダルドリーが映画化。

9.11で父を亡くした少年の話ではあるが、日本人としては3.11の東日本大震災と重なる部分も。
というか生きていれば登場人物達に共感出来る人はきっと多いはず。

愛する人を失い、苦しみ、乗り越えようとする。まわりの人に癒され、癒やす…
主人公のオスカーは軽い自閉症?アスペルガー症候群?ではあるみたいだけど、そういった事を除いて、人間の持つ弱さなどを意外とさらりと描いていて良かった。
9.11から10年経っても、あらゆる事件が解決していなくても、
この作品から少し救いを感じ得た気がした。

様々な出会いを通して成長していくオスカー。
アスペルガー症候群の役は色々な作品で観てきたけれど、オスカー役のトーマス・ホーンは演技経験が全くない素人だとゆうことを感じさせないくらい違和感が無く演じていて本当に良かった。
まわりを固めるトム・ハンクス、サンドラ・ブロック、マックス・フォン・シドーも素晴らしく。
特に後半のサンドラ・ブロックの母親としての深い愛にやられてしまった。


おもしろいか、おもしろくないかの判断ではすまされないような題材だったけれど、
素直に観て良かったな、と感じた作品。


あ、U2のWhere the streets have no nameは予告だけでした…
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Lewis Chaplin
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Niall O'Brien
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Breaking the waves
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1996年
奇跡の海
監督:ラース・フォントリアー


プロテスタント信仰が強い、70年代のスコットランドのある村。ベスは油田工場で働くヤンと結婚した。
仕事の為に家に戻れない彼を愛するあまり、早く帰ってこれるよう神に祈るベス。
ある日ヤンは工場で事故にあいベスの元へ戻ってくるが、寝たきりの上に不能になってしまう。
そしてヤンは妻を愛する気持ちから、ベスにある要求をするようになり、ベスも答えようとするが…



厳格な宗教に縛られた村落と、エミリー・ワトソンの演技、ドグマ95の撮影方法。
様々な条件が重なり作品全体が狂気じみている様に思う。
人間の行動とは感情の産物であり、そこから生まれる狂気は哀しくもあり、時に透明感さえ感じる事がある。

そんな狂気に近い感情をエミリー・ワトソンは怪演。
彼女のスクリーンデビューであったというから、圧倒的に凄い。


ラストにベスが『全て間違ってた』と残す言葉が印象的。
そして鳴るはずのない鐘の音が救われたようでとても重い。


宗教についてはよくわからないのでなんとも言えないが、フォントリアー監督作はいつも何か、『信仰』について説いているように思う。


信仰心など意識しない私でさえ、この作品の強烈な印象は忘れられない。



2時間38分と濃密なストーリーが展開するが、各章の冒頭のプロコル・ハルム、エルトン・ジョン、ディープ・パープル、デビットボウイ等1970年代のロックが風景画の様な映像と流れるところで一旦気持ちに余裕を持たせられて良かった。


ベスは頭の弱い女性として描かれているようだったが、決してバカではなく。
無垢であり夫を愛する彼女だからこそできた奇跡だったのか。

そう信じたくなる作品だったがなぜか釈然としない気持ちも残る事は否定できない。



フォントリアー監督の新作、『メランコリア』が楽しみだ。
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O Cheiro do Ralo
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2007年
尻に憑かれた男
監督:エイトール・ダリア


骨董屋を営むロウレンソは、金に困って店に来る客の品を二束三文買いたたき、屈辱を味あわせていた。
ある日ランチをとる店のウェイトレスの美しく豊かで完璧な尻に魅了されてから、彼の人生は数奇な道をたどり始める。


2008年のブラジル映画祭で上映され、話題をさらった異色の作品。
当初は予算の145万ドルが集まらず、監督やブラジルの映画界を代表する主演のセルトン・メロらがポケットマネーを出し合い、わずか19万ドルで制作されたらしい。
各国の映画祭で評価され、11もの賞を獲得。

原題『下水って、臭う』の通り、下水についても描かれているのだが、それは暗喩であり『誰もが隠してきた人間の影の部分』である。

簡単に言うと尻フェチの歪んだ性格の男の話だが、一見バカっぽい展開の様で(難解とまではいかないけれど)、暗喩が散りばめられて奇妙な感じが好きだった。


邦題はイマイチだし、レンタルではエロティックコーナーに置かれちゃうくらいだけれど全く厭らしくない。
"尻"という人体の一部でしかないものに魅せられた男の冷笑的な物語だと思う。
まぁ本当の尻フェチの人が観たらわからないけれど。


独特な音楽やインテリア、映るもの全て一度鑑賞しても損はない(?)まではいかなくても面白いと思う。


主演ロウレンソを演じたセルトン・メロの雰囲気、なかなか癖になって他の作品も観てみたくなった。
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